ベトナムのどこかのカフェ。朝9時。Tony Dinh(トニー・ディン)はいつもの席に座って、アイスコーヒーを注文した。彼のMacBookには、TypingMind の管理画面が開いている。昨日の売上は4,600ドル。今月もこのペースなら、月収14万ドルを超える。従業員はいない。オフィスもない。

なぜ、ChatGPTの「見た目」を変えただけのツールに、2万人以上が金を払うのか。

TypingMindは、ChatGPTのUIを置き換えるだけのツールだ。フォルダ分け、検索、プロンプトライブラリ。OpenAIが用意しなかった「当たり前の機能」を並べただけ。それが2万人以上に売れ、2025年8月に累計収益100万ドルを突破した。コードを書いたのは1日。APIが公開された週末のことだった。

年収10万5,000ドルのエンジニアが、月収500ドルになった日

シンガポールのオフィスビル。ガラス張りの会議室。スプリントの振り返りミーティングが終わる。ディンは自分のデスクに戻り、Slackの通知を消化していた。年収10万5,000ドル。不自由はなかった。

「I had a comfortable life in Singapore. But I was trading my time for someone else's dream.」(シンガポールで快適な暮らしをしていた。でも、自分の時間を誰かの夢のために差し出していた。)

ディンはベトナム出身。1993年生まれ。シンガポールに渡り、ZendeskやスタートアップでJavaScript、React、フロントエンドからバックエンドまで7年間のキャリアを積んだ。週50時間。上司がいて、スプリントがあって、四半期ごとの評価がある。ソフトウェアエンジニアとしての「正しいキャリアパス」をまっすぐ歩いていた。

2020年、COVID-19で世界が止まった。在宅勤務になり、通勤の時間が浮いた。その空いた時間で、ディンはIndieHackersというコミュニティに出会う。そこには、会社を辞めて1人でプロダクトを作り、1人で売り、1人で顧客サポートまで回している人間がいた。Pieter Levels(ピーター・レベルス)。NomadListやRemoteOKを運営し、月に数万ドルを稼いでいるオランダ人。投資を受けず、社員を雇わず、自分のプロダクトだけで生きている。「インディーハッカー」と名乗る人々。

なぜ、自分はまだオフィスに通っているのか。

ディンは2年間かけて生活費を貯めた。ベトナムでの2年分。具体的な金額は公開されていないが、ベトナムの月の生活費は1,000ドル以下で十分に暮らせる。2021年8月、退職届を出した。シンガポールからベトナムに帰国。月収は500ドルに落ちた。DevUtils という小さなmacOSアプリからの収益だけ。それでも、ベトナムなら生きていける金額だった。退路を断ったわけではない。生活費が安い場所で、リスクを最小化した。

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